suzu@kick diary

とあるキックボクサーの九転び十一起きな物語が現在、進行中です。

団子の芯

午後のおやつに買った団子。
この団子をみててふと思った。

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団子の味自体はシンプルゆえどんな味にも合う。
あんこは当然、みたらしも、きな粉も然り、ずんだにいたっては抜群だ。
あげたらきりがないくらい、団子にはどんな味でも合うと思う。
きっと合わないものを探すほうが難しいくらいだ。
団子にはなんでも受け入れるほどの度量があるといえる。

でも、色んな味の餡や材料を受け入れてはいるけど、
中にはしっかりと一本かたい芯が真ん中をびしっと貫いている。

団子の構造は単純だけど人間としての大事な要素が
そこにあるのではないかなと思ってしまった。

芯があるから団子として完成している。
団子同士をつなげているその芯がなければ
ばらばらになり、見た目もわるくなってしまうのは言わずもがなである。

これは生き方や日ごろの練習にも同様のことがいえるのではないか。

団子の部分は教えてもらった様々な技術だったり
知識だったりに例えば置き換えることができる。
そしてそれらは個々バラバラのままでは機能しない。
それぞれがお互いに作用しあって
より良いものへと出来上がっていく。

つまり、経験や知識を活かすにはそれらをつなぐ
強くて真っ直ぐな芯が必要なのだ。

どんな芯を持っているかが、どんな個性を有するかに直結していく。
見た目も大事だけど、芯がしっかりしてないとかっこわるい。

それが強固であればあるほど、
僕は自信をもってこれが自分なんだといえるのだろう。
ふにゃふにゃの芯だったら、芯のない、言ってしまえば
自分をもっていないことになる。
来るものをなんでもただ受け入れて自分のものにできない人間に
なってしまうだけなのだ。

ここ最近生きる姿勢について考えたりすることが多いから
ただ団子を食べたいだけなのに
そんな風に思ってしまったのかもしれない。

丸くなりつつも、しかし芯のある人生を、と言えるだろうか。

こんな形で団子に人生訓を教えてもらうとは。
たかが団子、されど団子である。

団子に生き方の指針をみた平日の昼下がりでした。


※ちなみにずんだとは枝豆をすり潰して砂糖とあわせた餡のことをいいます。
南東北地方で食べる郷土料理です。
ぜひ見かけたましたら、食べてみてください!