suzu@kick diary

とあるキックボクサーの九転び十一起きな物語が現在、進行中です。

試合で見せるもの。べきもの。

20代中頃まで、パンク系のライブに足繁く通っていた時期がある。

ライブ会場に集まった人たちはスタッズでカスタムした
ライダースジャケットを着たり、髪を派手に染めて逆さに
立てていたりと思い思いの格好をして、ばっちりときめていた。
そこには肌の色も性別や年代も様々な人間が集まっていた。

ライブが始まりをつげた瞬間すさまじいエネルギーが放出される。
人を押しのけ、突き上げ、投げ飛ばす。
僕が知っているライブとは全く異にしていた。
つんざくようなギターの音や張り裂けるような声が轟き渡る。
激しくぶつかり合いながら手を上げ踊り、
彼、彼女らは思いっきり感情を爆発させていた。

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パフォーマンスしている人の自己満足だったら
観客はここまで心を動かされることはない。
演奏する人の思いが伝わってくるからこそ、
彼、彼女達は感極まりスペシャルな時間を過ごす。

そう、つまりキックボクシングも同じことなのだ。

選手それぞれ、リングでは皆必死に勝つために闘っている。
真剣に一生懸命、殴り合っている。
痛みや苦しみ、逃げられない恐怖、そうゆうものと常に対峙している。
闘っているときは精神を研ぎ澄ませて、目の前の敵を倒すこと、
それだけを一心に全気力を振り絞る。

闘い方も千差万別であるが、気持ちを思いっきり出した試合は、
最後まで諦めずくらいつく姿勢は、
血に染まりながらも攻めることを止めない姿は
どんな選手の試合でも心打つ。

気持ちがぶつかり合い、己の存在を賭けた闘いだからこそ
観るほうも時に魅せられて、感動を覚えたりする。
どれだけの思いを試合で感じたかどうかで
観終わったあとに残るものは大きく違ってくるのだと思う。

どんな分野でもそうであるように、
一人で勝つなんてことはできない。

様々なつながりがあって今があり、そのつながりがあるからこそ、
僕はこうしてリングに立つことができている。
リングでは孤独で誰も助けてはくれない。
でも色んな顔や声を思い浮かべ背中を押してもらって
僕は足をリングに踏み入れる。

僕には、突出したセンスがあるわけでもない。
殴られても蹴られても前へ前へ出て、
全てを相手にぶつける、それが僕の闘いでもある。

僕の試合を観たことで
「ああ、今日はなんだかとても良いものを観ることができた」
そんな風に思われたら僕は最高にうれしく思うのです。