suzu@kick diary

とあるキックボクサーの九転び十一起きな物語が現在、進行中です。

落花生の記憶

スーパーでレジを待っているときに落花生を見つけた。
落花生はC山さんの大好物だったなと、ふと思い出した。

僕とC山さんの関係はもう15年近くになるだろうか。
僕は初めて東京に生活の場を移すとき、都内某所にある共同住居に入居した。

そこはものすごく家賃は安いけど、
その代わりに個人の部屋と呼べるようなものはなく、
部屋には二段ベッドがたくさんあってキッチンやトイレ、シャワールームなど
すべてを共同で使っていた。
今でいうところのゲストハウスであるが、今のような快適さとか
おしゃれでキレイとかそうゆうのとは全く無縁の住居形態であった。
そこで僕よりもちょっと前に暮らしはじめていたのがC山さんだ。

初めて見たとき、C山さんは長い髪を後ろで一つに束ねていて、
長さは腰近くまであった。
軽くひげをはやし、立ち上がると見上げるように背が高い。
おお、なんだかインディアンみたいな人がいるぞと思った。
どんな人なんだと恐る恐る話してみると、全然遠慮のいらない、
とても気さくな人であった。
以来の付き合いとなり、その当時で年齢は50代半ばくらいであった。

東京のことを全く知らなかった二十歳そこそこの僕に
C山さんは安く食材を買えるスーパーや100円ショップの場所だったり、
ここにどんな住人達がいて、どんな生業をしているかなどを教えてくれた。

東京に来た以上はここで生きていく。
そう決めたもののやはり本当にやっていけるか不安でもあった。
ましてやアパートではなく、自ら選んだもののたくさんの見知らぬ他人と
暮らすという住環境がやはり僕をより不安にさせてもいたのだろう。
環境に慣れるまでは相当な時間がかかったと思う。

そうゆうのもあって、僕にとってC山さんの存在は誰も知る人がいない東京の地で、
とても心強いものであったのだ。何か困ったことがあったら聞いてくれよなという
態度が本当にありがたかった。

C山さんには色んな肩書きがあり、その一つに元料理人というのがあった。
中華料理屋で腕を振るっていたという過去もあり、
包丁さばきは見惚れるほど見事であった。
料理を今こうして自炊して作ることができているのは
当時、僕が料理しているときに色々とアドバイスをもらっていたからといえる。

美味しいものを作って、食べてもらい、そしてその人を喜ばせたいというのが、
きっとC山さんの根っこにあるのだと思う。
みんなが美味しいといって料理を食べる姿を眺めているC山さんは嬉しそうだった。

小さい食事会でもちゃんと鳥ガラでだしをとり、
椎茸にバッテンの飾り切りまでいれて鍋を仕上げてくれた。
食材のもつ味を大事にして、盛り付けなどの見た目も美しくなるように
決して手を抜いたりしない人なのだ。

「いいかぁ、鈴木くん、どんなに金がなくたって
心は腐っちゃいけねえよ、心だけは」と
出会って間もない頃、安居酒屋でブリカマをつついていた時に
言われた言葉は今でも覚えている。

今はそれぞれ別のところに住んでいてなかなか会うことができない。それでも、
会うと昔のように「腹減ってるんだろ」と言って、料理を作ってくれる。
帰る時に「これ持ってて食えよ」と言って何か持たせてくれることもある。
そして、「また来いな~」とリビングから聞こえる声を背に家をでる。

かつての日々を共にした、父のようでもあり、友人のようでもあるC山さん。

スーパーで落花生を見つけたとき、C山さんに会いにいこうと思った。
落花生をパリっと割りながら食べるC山さんとそれを見る僕。
どんな記憶が懐かしさとともによみがえるだろうか。

落花生を手に取り、僕は会計の列に並んだ。

f:id:suzukiyuta3104:20180119181010j:plain