suzu@kick diary

とあるキックボクサーの九転び十一起きな物語が現在、進行中です。

冬の記憶

中学2年生から7年間、新聞配達のアルバイトをしていた。

毎日4時30分に起きて自転車をこいで販売所に向かい、
新聞を受け取って、自転車のカゴに積み込み、各家々のポストに投函していく。

春夏秋冬、猛烈な台風が来ようと、視界を奪うほどの荒れた吹雪であろうと、
多少の風邪をひいていようとも、毎日が新聞配達から始まる日々であった。

ペダルをこぎながら空を見上げると、いつもまだあけない空が広がっていた。
静かな音の無い世界で、耳に聞こえてくるのは呼吸する音だけだった。

年間を通して、一番大変なのはやはり冬の配達。
特に雪がたくさん降って積もった日というのは本当に大変であった。

新聞を前と後ろのカゴに満載した自転車は普通に乗っても重たく感じるが、
雪が積もると尚更だった。

足に思いっきり力をいれてペダルをこごうとしても、
タイヤが雪にとられて前に進んでくれない。
押して進むしかないことも多々あった。
長い坂道に出ると、進む距離はわずかで、
進んでは休む、休んでは進むを繰り返しながら配達をした。

時間もいつもの数倍かかり、凍るような冷たい風に耳が痛さを覚え、
足先や指先はどんどん悴んできた。
慌てて息を吐いて暖めようとしても、その場しのぎにしかならず、
やがて感覚はなくなってくるのであった。

雪の下は凍っていることが多いので、とても滑りやすい。
気をつけてはいても滑って自転車を倒してしまうことがどうしてもあった。
そして、かごに積まれた新聞は無常にも雪の上へどさーっと散乱した。

そんな散らばった新聞をみては「ああ、まただ。。」と
その度にしんと静まりかえった雪の上で新聞を拾っては戻すという
孤独な作業を繰り返した。

そんなことが日に何度か続いたりすると涙を流したくなるくらい悔しくて、
自分の不甲斐なさに嫌悪した。そして転んでしまった自分を責めた。
誰にあたっていいか分からない怒りがこみ上げてきて、
くそっと自転車を思いっきり蹴飛ばしたこともあった。

日々の配達では、つらく寒い思いをするだけでなく、
新聞配達をすると朝が早いので夜更かしもできないし、遊ぶ時間も制限される。
翌日早く起きれるかが常に自分の中での大事ごとで、
好きなことを自由にできないもどかしさがいつもあった。

布団から出たくない日ももちろんあった。でも
とにかく僕がここから起きないと大変なことになる、
そんな気持ちは常に心の中にあった。

寝坊もたくさんした。電話で起こしてもらったこともかなりの回数だ。

それでも販売所で働く大人たちとの初めての交流や新聞を受け取った人との
「今日もありがとう、頑張ってね」「また明日来ますね!」
のやりとりが励みになっていたし、嬉しくもあった。
明日の配達の原動力はそうゆう所にあったと思う。

新聞を配っていた日々は僕に生きることの強さのようなものを、
様々な経験を通して与えてくれた。

今でも新聞を配っている少年をみると、
「がんばれ!」と心のなかでエールをおくる。