suzu@kick diary

とあるキックボクサーの九転び十一起きな物語が現在、進行中です。

勝負はかくも残酷で無常で冷徹で慰めもなく

先週は大きなキックボクシングの興行が2つあり、
所属選手が試合に出場するため、1つは観客として、
もう1つはセコンドとしてリングのそばにいた。

キックボクシングの試合は3分×3Rである。
時間にして9分。そのたった9分の試合で世界は一変する。
勝者は喜びの絶頂を味わい、敗者は救いのない絶望に打ちのめされる。
試合後の運命は、天と地ほどの差がひらく。
たかだか、わずか10分弱の時間で、だ。

勝てば痛みまでもが勝利の勲章であると誇らしく思い、
負ければその傷をずっと抱えていかなければいけない。
時には孤独の内にその傷は膿み、化膿し、そして
その人のもっと大きな部分を蝕んでいくこともある。

誰もがたくさんの練習をし、苦しみあがき、
倒されるんじゃないかという不安と恐怖に
押しつぶされそうになりながらも
心身を万全の状態に仕上げていく。
そのために、試合の日にむけて日々スパーリングや
食事制限を不平をいわず黙々とやっていく。

試合のリングに立てば、あとは気持ちを爆発させるだけ。
相手と向かい合い、ゴングが鳴り、殴りあう。
まぶたを切り顔面血にまみれて、骨を断たれ、
満身創痍になっても選手はもてる気力をすべて振り絞って闘う。
絶対に倒すんだと自らを信じて、拳を激しく交える。

だけど、たくさん努力したから必ず報われるわけでは、当然ない。
どんなに願いを真に請うたところで、神は平然と裏切る。
己の力だげが全てものを言う。勝負を決め得るのはただ一つ。
その時、強いものが勝つ。単純明快、それだけなのだ。

リングで最高の喜びを味わう。
それは最後までリングに立ち続けたものだけに
その資格が与えられる。
敗者は静かにリングを降りるしかない。
背中を小さくさせて控え室に戻り、項垂れるのだ。

プロの選手である以上、勝つことが至上である。
しかし、逃げずに闘ったかどうか、倒しに行ったかどうか、
それも格闘技をする上で勝つことと同等、若しくはそれ以上に
必要なことなのかもしれない。

最後まであきらめず、可能性がわずかでも倒しに行く。
勝つために、見てくれる人に最高の試合をみせるために、
リングに立ち、技術を駆使し、思いっきり打ち合って闘う。
それが真のプロフェッショナルの姿であろう。

この2つの興行はそうゆう気概のある試合がたくさん
観れた興行であった。
誰もがかっこよかったと思える試合を観させてもらった。

会場から出ると、観戦に来ていたたくさんのお客さんが
満足したように顔に充実した表情をうかべ、
その日の感想を思い思い喋っている風景がそこかしこでみられた。

勝負はかくも残酷で無常で冷徹で慰めもなく、である。
であるけども、非情ではない。

会場の外で試合が終わったにもかかわらず、
まだ帰らずそこで興奮の余韻を味わっている姿が
それを証明している。
試合を観た人に何かをもたらしたのは確かなのだ。

僕もプロだ。思いっきり出し切って倒しにいく。
その気持ちは忘れない。