suzu@kick diary

とあるキックボクサーの九転び十一起きな物語が現在、進行中です。

打つ言葉

最近、人から本から映画からなど、あ、いいなその言葉がいくつかあった。

(詩人 茨木のり子 「自分の感受性ぐらい」)
自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ

→思わず背筋をピンと伸ばして、はいと言ってしまいそうだ。
手元に置いておきたい一冊。
自分に活をいれたくなるときに読もうかな。
言葉にストレートな力がこもっていて、始めて読んだとき、はっとなった。

(人から)
「ため息をついちゃうと、幸せが出ていっちゃうんだよ。
それは周りの人の幸せも持っていっちゃうんだから」

→「ええっ、そうなの」と出て行った幸せを慌てて追いかけて捕まえて、口にもどして飲み込んだ。
「ふう、大丈夫、間に合ったでしょ」と言葉を返した。
ため息つきそうになったら口を塞ぐようにしないと。

(映画「フジコ・ヘミングの時間」※現在公開中)
「楽しいことばかりあって、悲しいことがないっていうのはちょっとどうかと思うの。
センチメンタルなのもいいじゃない」
「私は光がすごく好き。とくに夕暮れの、電気をつける前の、太陽が射しているとき」

→ピアノのことほとんど知らないのだけども、フジコ・ヘミングが長らく好きだ。
彼女だけが奏でられる音が優しく沁み渡る。聴く人の足を止めさせる演奏だと思います。
いつかコンサートホールに行って、あのラ・カンパネラを生で必ず聴きたい。

(コピーライター 藤原 ようこ 「夜の凹み本」)
さびしさを知る人のやさしさは、ほんものです。

→苦しみや孤独を知ってもなお、立ち向かおうとする姿はたとえ弱き光でも響くと思う。
光と影、強さと弱さ、優劣、発散沈鬱、虚と実、感情と理性、快楽と苦しみ、過去未来などなど、人間とは手に負えないもので自分自身をもてあます日々の連続なのだー。

(映画「スモーク」※昔の映画)
毎朝、決まった場所で決まった時間に写真をとるタバコ屋の店主の言葉

「世界の小さな片隅に過ぎんが、色んなことが起こる」
「ゆっくり見なきゃダメだ。同じようでも、一枚一枚、全部違う。
よく晴れた朝、曇った朝。夏の陽射し、秋の陽射し。
同じ顔、違った顔。新しい顔が常連になり、古い顔が消えてく。
地球は太陽を回り、太陽光線は、毎日、違う角度で差す」

→トムウエイツの歌が流れるエンディングはたまらなくやっぱり良い。
クリスマスの夜に、盲目のおばあさんは尋ねて来た人(タバコ屋の店主)が本当の息子じゃないときっと気づいたのだと思うけど、否定せずに彼の嘘を包み込んであげた。
そして二人は本物の親子として話をたくさんして、チキンも一緒に食べた。
なんだか、とても素敵なクリスマスだなって。

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言葉に関連して、後悔することの多くになんであのとき、こう言わなかったのだろうというものがある。

本当にかけたい言葉はそんなんじゃないのに、言葉が出てこないもどかしさがあって、そして焦って。
本意ではない言葉を言ってしまったり。

そんな自分にいつもではないのだけど、へこむ時はやっぱりへこむ。
あんなんじゃない、違うと。
どうしても自分の気持ちを正しく表す言葉がみつからない。

でも、もう後戻りはできないし、きっと、後になって言い直したら、それはもうその時点で意味が変わってしまうだろう。
純粋な思いを表す言葉でなくなっている。

ああ、言葉はムズカシイ。