suzu@kick diary

とあるキックボクサーの九転び十一起きな物語が現在、進行中です。

圧倒的で逞しく、そして美しい

ここ数ヶ月、東京と静岡の間を新幹線や高速バスで行き来する機会が増えた。

乗車してしばらくすると、静岡に向かうときは車内の右側の窓に、東京に戻るときは左側の窓に富士山がその姿をあらわす。
富士山は僕が見ている距離が隔たった遠いところからでも、いかに巨大なものであるのかがわかる。
見るものに迫ってくるようで、手を思いっきり伸ばせば、もしかしたら届くんじゃないかという、不思議な錯覚を覚える程だ。
車内から見える富士山は、地球の大地を突き破り、上へ上へと空を邁進している。
その存在は圧倒的で逞しく、そして美しい。
どっしりと構え、すそ野を広く遠くに伸ばし、全てを包み込むがごとくだ。

はるか遠い昔、数多の求道者達が水平線に聳え立つ頂きを目指して、足を踏み入れてきた。
以来、人々は富士山を崇め、祈りを捧げる神聖な場として信仰をもち続けて今日に至る。

僕は東京と静岡の往復を重ねる毎に、窓の向こうに見える富士山の圧倒的な姿に、いつのまにか魅せられるようになっていた。
その姿が見えるくらいの距離を進んだと思うと、そわそわし始めるようになったのだ。
あと少し時間が経てば、姿をあらわしてくれるんじゃないか。
もうそろそろ、もうそろそろだと胸が高鳴り出す。

僕を乗せた新幹線は速いスピードで大地を駆け抜け、次から次へと風景を追い越していく。
そして、期待のなかに、徐々に緊張も生じてくる。
あと少し、あと少しで見えるはずだ。

もうだいぶ進んだはずじゃないのかと、経過する時間と進む距離が不調和をきたす。
内部の緊張が高まるにつれて、ああ、じれったい、早く姿を見たいのだと悶絶するような気持ちにもさせられる。
手には力がはいり、うっすら汗が滲み、今か今かとその姿が全貌をあらわすのを、待ち焦がれる。

窓にくっつきそうなくらいに額を寄せる。
目はもう離さない、じっと窓の外を見続けながら、早く早く、と気持ちが叫ぶ。
そして、待っていたものがやっと姿をみせる。
いつまでも視界の中にいることを確認できると、あぁ、と安堵に似た息を吐く。

あぁ、今日も富士山は、とっしりとして、人間界を見下ろしている。

僕は肩の力がふっと抜けて、そのまま全身を座席の背もたれに預ける。
そして、富士山が見える限り、車内の窓からその姿をずっと見続けた。