suzu@kick diary

とあるキックボクサーの九転び十一起きな物語が現在、進行中です。

5本だけの幸せ

近所に美味しい焼き鳥屋がある。
そのお店はぱくぱくとたくさん食べることができるような金額ではない。
その為、本当にその時食べたいものを熟考して、5本だけ注文すると決めて行くようにしている。

僕はカウンターに座ることが苦手なのだけど、ここのお店はカウンターに座りたい。
店主の仕事をする身のこなしを見ているのが好きなのだ。

お店に行くようになって最初の頃、店主の塩の振り方をなんとはなしにみていたら、なんて優しい手の動かし方なんだろうと思った。
ぱっぱっと振るようなやり方ではなく、ゆっくりと手をお肉に近づけては離し、離しては近づけてと、正確にその動作を繰り返しながら塩を全体に振っていた。
食材を見る目はまっすぐで、美味しいものを作ることにすごく真剣な人なんだなと思った。
僕はずっと見ていたのだけど、店主の仕事をする一連の動きがとても美しくて、不思議と見飽きることはなかった。

そして、串にさした肉をじっくりと時間をかけて目の前の炭火で焼いてくれる。
経験と知識から導き出した絶妙なタイミングを逃さないように、五感を研ぎ澄ませながら手を動かしていく。
焦げ目から肉の油がしたたって、ジュッという音を聞くと、もう早く食べたくてたまらなくなってしまう。
僕はただじっと待ちながらも、立ち上る煙の匂いに期待がどんどん高ぶってくるのだ。

このお店に来て、初めて店主が焼いた焼き鳥を食べたとき、本当に美味しいと思った。
なんでも美味しいと言ってしまう舌ではあるけど、ここの焼き鳥は別格だ。
全く臭みがなく、肉の味わいが噛むごとに広がって、口中にずっといれていたい、飲み込んでしまいたくないと思ってしまうほどの美味しさなのだ。

この前、お店に行ったときに店主と話す機会があったので、プライベートな話もしながら、お肉が本当に美味しいですという話もしたら、店主は下ごしらえに時間をかけているんですよと言っていた。
お店は18時からなのだが、朝7時前にはお店に入り、鶏を捌くところから始めて、下ごしらえを一人で開店間際までしているそうだ。

僕は以前、鶏の煮込み料理をつくるとき、今日はせっかくだからこだわってつくるぞと張り切って下ごしらえから念入りに始めたことがある。
肉に残る血をきれいに洗い流し、くさみの原因にもなる脂肪や筋を包丁で全て丁寧に切りとった。
その鶏肉を使って完成させた料理は肉の臭みが全くなく、スープにも純粋な鶏の旨味がしみて、最高の仕上がりであった。
その時始めて、下ごしらえというのは、味の出来にこんなにも直結する大事な作業なんだなと実感したことがある。

店主の話を聞きながら、その時のことを思い出したので、道理でこんなに美味しい焼き鳥ができあがるはずだと一人合点した。
朝早く静かな調理場で開店に向けて準備をしている店主の姿が思い浮かんだ。
きっと素材の良さを引き出すために、妥協することなく少しでも完成度を高めようと日々試行錯誤しているんだろうな。
手間を惜しまずに仕上げる、言葉で言ったら簡単だけど、実践することは、そして、し続けることはとても難しい。

店主は話の中で笑いながら「ビールがすごく好きなんですけど、夜の0時にお店を閉めて仕込みとかをしてからバイクで帰るともう2時過ぎになっちゃうんで、だからね、いつも飲めないのがちょっとつらいといえばつらいところかな。」とお茶目に話してくれた。
僕はこの店を見つけたことが嬉しく思ったし、これからもこのお店に通いたいなとも思った。